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ホノルルへの道⑩

朝 走る の巻

5:00に起床。

まだ、真っ暗で星が瞬く5:30にジョギング開始。

7キロくらいだから、出勤前に走っても、さほど疲れないだろうと思って初の試み。

めっちゃ、爽やか。

空気は澄んでるし。

朝の空気ひとりじめしてる気分。

6時を過ぎると、空もだんだん明るくなってくる。

あー地球は回ってるんだぁ、なんて、ほのぼの思ったりもし。

最後に家に入る直前の空は最高だった。

橙色、水色、うすピンク、みずいろ、うすピンク、藍色の見事なグラデーション。

こんな空を毎日みられるのなら、毎朝、早起きしてもいいかな、と真剣に思いました。

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お姉さんぶるの巻

昨晩は20歳の留学生とごはん。

ほとんどお酒は飲まなかったにもかかわらず、たくさんたくさんいろんな話をすることができた。

彼女を元気づけるごはんだったんだけど、なんだか話してるうちに私にもぐんぐんエネルギーがわいてきて、最後には、お互い心の底からにっこり笑ってバイバイできました。

思えば、私も彼女くらいの頃、ひとまわり年上の外国のお姉さんお兄さんたちにとても親切にしてもらったものだった。

バイト先で、NGO団体で、旅先の外国で、友だちの恋人やだんなさん・・・

ごはんをご馳走してくれたり、お菓子を買ってきてくれたり、誕生日にプレゼントをくれたり、言葉を教えてくれたり、「気持ち」の大切さについて語ってくれたり、彼らの家族に対する思いに耳を傾けたり・・・

それは今では、私のかけがえのない思い出。

その欠片ほどにも値しないかもしれないのだけど、私も何かできればいいな、と思うようになってきたこの頃。

お世話になったお兄さんお姉さんたちにきちんとご恩返しができていないけれど、

いま、あの頃の親切に感謝しながら、後輩の子たちの声に耳を傾けることが恩返しになれば、なーんて勝手に思うのです。

何より、日本を嫌いにならずに、楽しい思い出をたくさん持って帰国してほしい、と心から願っています。

そうやって、お姉さんぶってみた一夜でした。

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ホノルルへの道⑨

最近、足が痛むので、神田にある「アスリートクラブ」へ。

シューズやインソール、足に関わるいろんなアドバイスをもらえるとの評判をきいて。

ずばり「足のお医者さん」でした!!

まず、お医者さんはカルテに症状を書きますよね。

そんな感じで、痛む場所や週間もしくは月間の走行距離、これまでのスポーツの経験などのチェックがあります。

次に、聴診器をあてるように、足の測定や、足首が曲がる角度の測定がはじまります。

そして、レントゲン写真を見るかのように、フットプリントを見て、どんな歩き癖があるか、ということを教えてくれます。

私の場合は、ちょっと外向きなので、もっと脚の内側を意識して歩いた方がいいようです。

それだけでずいぶん違うようです。

そうして、たくさんあるシューズの中から、足に合うであろう何足かのシューズを持ってきてくれるのです。

試着。

同じ24センチでもシューズによって全然違うのね。走るときは指先1センチは余裕がないと、いけないなんて、私知らなかったです。

そんなこんなで、選ばれたシューズ。

なじみのブランドでした。

買おうかと迷ったこともあるシューズでした。

ここではこの一足しか扱ってないらしいけど。

運命のシューズには、すでに出会っていた、ということになります。

再会とは、人でもシューズでもやはり嬉しいものです。

さらに、

サンプルのインソールを入れて履いたら、

ひゃあーーー!!!!!!

これだけで、すごい違い!!

背筋がすっと伸びて、脚も長くなった気分。きちんと立ててる感がありました。

びっくりです。

これはサンプルのインソールだけど、

できあがってくるオーダーメイドのインソールだったら、もっと素晴らしい履き心地なのかと思うと嬉しくて、完成がとても楽しみです。

ホノルルぎりぎりの完成で、履きこなせないのが少し不安だけど、「大丈夫ですよ」との言葉を信じて

それに、ホノルルに出ることを知って、完成を数日早めていただいたことに感謝して

お店を後にしました。

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「泣きながら生きて」

先週フジテレビでやっていたドキュメンタリー。

とっても素晴らしい番組だったので紹介。

2000年に「小さな留学生」というドキュメンタリーをやっていて、それも素晴らしかったのだけど、今回もそのスタッフで制作したもの。

美人で聡明な張さんという女性が「小さな留学生」の企画制作に至るまで、というのもすごく興味深いエピソードなんだけど。それは割愛。

で、今回の「泣きながら生きて」

ある中国人家族の10数年を追ったものなんだけど、感動で涙が止まらないです。

文化大革命時代に苦労した夫婦がいて、そしてその間に生まれた一人娘の話。

お父さんは日本語を学びに日本にやってきて、日本の大学に行こうと決意する。そうしたら、貧しい生活から抜け出せるから。
借金してやっとの思いで日本にやってくる。

でも来日したら、そこは北海道のさいはて。まわりには何もないところだった。働きながら学ぶ計画が破綻。
このときお父さんは思ったんだって。
「人生って哀しいものだなぁ」

不法滞在のまま、東京で働くことになる。

お風呂のないアパートで必死に働く。朝から晩まで。
借金返済と家族へ送金するため。
働いてる間に自分が大学に行くのではなく、一人娘をなんとか海外の大学に行かせてあげようと思うようになって、一生懸命送金するの。

13年間。不法滞在だから、会えないの。奥さんにも娘さんにも。

お母さんは送金されてくるお金を生活費に回さず自分で一生懸命働くの。娘の大切な教育資金だからって。
小さな一部屋のアパートで娘さんとつつましく暮らすの。

娘さんは両親に感謝し、医学を志し、勉強して無事アメリカ留学を果たす。

アメリカへ渡る前、トランジットで24時間だけ日本に寄って
お父さんと8年ぶりの再会。
そして24時間後のお別れでも、決してお父さんの前では泣かないの。姿が見えなくなったら号泣なんだけどね。

一方、お母さんは、娘が留学してから5年間、アメリカへ行くため必死でビザ申請をすること12回。
やっとアメリカに行けることになる。
そして、アメリカへ行く前に最大のトランジット時間72時間を生かしてお父さんと13年ぶりに再会するの。

今まで貧しい暮らしで、おしゃれもしなかったのに、きちんとスーツを新調したり、美容室へ行ったりして。

お父さんと再会。
会っても大げさな感じじゃなくて、ほんとに、「あ、」みたいな感じで。
お別れの時も、「じゃ」。

素っ気ないんだけど、そこに込められてる、すごーくすごーく熱い感情、お互いを思いやる気持ちがちゃんとわかる。

大学を卒業して、お医者さんになった娘さんは
「両親がすごい犠牲を払ってくれたから今の私がある。とても感謝しています。これからはたくさん恩返しをしたい」って。

お父さんも娘さんの卒業と同時に中国へ帰国を果たす。
で、そのまえに、最初に降り立った北海道へ行くのね。
「ここがスタートだった。ここの人たちはいい人たちだったのに出ていって申し訳なかった。」って頭を下げるの。
「ありがとうございました」って。

ほんとは、北海道のその街の留学生誘致自体に問題があったのに。ほんとは、犠牲者なのに。

そうして、最後に言うの。

北海道にやってきたとき、私は「人生て何て哀しいものなんだろう」って思いました。
でも今は「人生は捨てたものじゃないな」って思います。

って。

親が子を思う気持ち。子が親を思う気持ち。家族のあり方。
教科書でしか知らなかった歴史の中を生きた人のこと。

いろんなことを考えさせられます。

私の陳腐な紹介じゃ、良さが思うように伝えられないのがもどかしい。

また、再放送してくれることを祈っています。
そうして、たくさんの人がこの番組を見てくれたらいいな、って思います。

「泣きながら生きて」

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高橋みゆき選手にハマるの巻

世界バレー、柳本JAPANが熱いです。

特にお気に入りは、SHINこと高橋みゆき選手。

(「SHIN」は心・技・体の「心」。ユニフォームもニックネームも「SHIN」ちゃんです)

闘志にあふれた目と点が入ったときの笑顔に心うばわれてます。

サーブもスパイクも上手いし。レシーブで拾うし!!

ジャンプサーブでサービスエースとったときなんて、きゅーんとしちゃいました。

きゅーんと。

かっこよくてオトコマエ!!

応援いきたくなりました。

今日、韓国に勝ったので第2次リーグ進出決定です。

おめでとう!!!

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